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いろいろなベンガル語の歌

国を歌った歌

これが本当に多い。 日本の動揺にも情景を歌った歌があるが、 バングラデシュの歌では、国を母にたとえて愛情を込めて歌うことが多い。 バングラデシュの国家も、「黄金のベンガルよ、私はお前を愛している」と、 バングラデシュの美しさを歌い上げている。

この歌の前で、私は日本の国歌を歌うのが嫌だった。 天皇陛下は好きだけれど、その幸せと永遠とだけが国民の幸福 だとは思わない。(なおなお意見)

歌を聞きたい方はこちらから↓

http://ektara.aamibangali.com/deshattobodhok/

バングラデシュ国歌は"Abdul Hadi"の"aamar sOnar Bangla" を選んでください。

戦争の歌

1971年にパキスタンから独立して現在のバングラデシュがつくられた。 その戦争に関する歌がいまでもしっかり歌い継がれている。 言語運動?の犠牲者を歌った 「エクシュ・フェブルアリー(2月21日)」、 毎年記念日にこの歌を歌いながら、犠牲者たちに献花する。 独立前には、危ないからだめだといわれても献花にしに行く子供たちがいたそうだし、 昔はこの歌がガンガン流れていたが、 最近は、忘れられてきているそうだ。

戦争関係の歌も、上記の「国の歌」のサイトにあります。

村の歌

村には、ベンガル地方特有のリズムの「ポッリー・ギティ(村の歌)」がある。 歌の山場ではずいぶん引き伸ばして歌うのが特徴だ。 出稼ぎをして浮気をした夫をなじる嫁の歌と、蚊の歌が面白かった。

歌を聞きたい方はこちらから↓

http://www.bangla2000.com/Music/Bangla/Palleegeeti/default.asp

ベンガル語です。しかも文字化けして見えます。どれでもいいから選んできてみるというのはどうでしょうか?雰囲気はつかめると思います。

民衆の苦しみを歌ったブッペン・ハジャリカ

私の好きな歌手に、ブペン・ハジャリカがいる。 赴任当初、地方研修に行ったときに所長さんが聞かせてくれたのが始まり。 初めは旋律が素敵で好きになったのだけれど、 親友のニベディタに、気になる歌や彼女の好きな歌を説明してもらい、歌詞のすばらしさに感動した。 休日に家事をするときは、この歌を大音量で聞き、口ずさんだものだ。せっかくなので、一つ歌詞を紹介。 「ドラ・ヘ・ドラ」という曲。 ドラとは籠のこと。 時代劇でお侍さんが乗っていた籠、昔ベンガル地方にもあったらしい。

籠を担いで、くねくねした道を行くんだけれど、
担ぎ手は、汗だくでよろよろだし、着るものもない。
それなのに、籠の中の王様や王妃様は豪華な衣装で偉そうにふんぞり返っている。
山道をあがっている途中で、もし担ぎ手が転んでしまったら、
中にいる王様たちも転げ落ちてしまうじゃないか。

この山は、王様たちの成功への道のりを暗示しているのね。自分たちの成功の裏に貧しい人たちの血と汗がある流れているのも知らずに。。。という意味。ほかにもいっぱいいい歌があります。

歌を聞きたい方はこちらから↓

http://ektara.aamibangali.com/old_adhunik/bhupen_hazarika.asp

Loginしないと上記の歌は聴けません。ごめんなさい。 でも、無料で聞ける"aamay ekzon sada manush dao"も素敵です。 南北戦争時の白人黒人の差別を歌った歌です。

ノーベル賞作家のタゴールの歌

これもみんな大好き。当時の新しい音楽を取り込んで、 新鮮な曲作りをしたんだって。 歌の教室では、みんなタゴールの歌を練習するんだよ。 私も、5曲習った。きれいな歌が多い。 ただ、恋の歌とか控えめすぎで私の心と合わなかったけれど。

たとえば、「アマロ ポラノ ジャハ チャイ」は、

私が欲しいのはあなた、あなたなの
あなた以外に、この世に私の誰もいない、何もない
あなたがもし幸せでないなら、幸せを探しに行ってください
私はあなたを心の真ん中に得ることができたから、もう何もいらないの
私が欲しいのはあなた、あなたなの。。。

歌を聞きたい方はこちらから↓

http://ektara.aamibangali.com/robindrosongeet/

歌手ごとに並んでいますので、 "Rezwana Chowdhury Bonna"を選べば上記の"amaro prano jaha cai" が聞けます。

バングラデシュの革命家ノズルール・イスラム

ロビンドロ・ションギットに並んで有名なのがノズルール・ギティ。 やわらかい印象のロビンドロションギットに比べると、 力強い感じがします。 低音から高音へ行ったり来たりで歌うのは難しいです。

世を批判する詩を書くため、何度も牢屋に入り、 牢屋でも詩を書き続けた革命児だったそうです。

歌を聞きたい方はこちらから↓

http://ektara.aamibangali.com/najrulgeeti/

現地より外国で人気があるのがバウルの歌。

歌うことを通して神様を感じたいそうだ。 哲学的で難しいのが多いが、魂の叫びを聞くようで心打たれる。 最近は、こじきの道具としてバウルをしているような人も多い。 日本に来たことのあるフォリダ・パルビンという歌い手がとても有名。 ただ、彼女はきれいに歌い上げてしまって、バウル魂が感じられない。

でも、彼女がきれいに歌い上げてくれたおかげで、みんなが知るところとなり、バウルが有名になった。 ラロン歌手といえばフォリダ・パルビンといわれるまでになった。 彼女は、ラロンが活躍したクスティアの生まれ。

ラロンの歌を聞きたい方はこちらから↓

http://ektara.aamibangali.com/folk_songs/lalon.asp

モダンな日常を歌ったのがマンナ・デ

現在も健在のマンナ・デ。膨大な数の歌を作詞作曲している。 大好きな歌はたくさんある。 ぜひ、インド・バングラデシュへ行ったらマンナ・デを聞いてみてください。

虎舞竜の「ロード」を思わせるような 「シェ アマル チョット ボン(それが私の妹)」は、 たった一人の肉親である妹が歌手として成功していくが、 歌いすぎて死んでしまう悲しい歌。

移り行く人々の人生を歌った「コーヒーハウス」は誰もが知っている。少し、尾崎豊の「卒業」に似ていると思った。ただ、「コーヒーハウス」のほうは、学生時代で終わらず、大人になった学友たちの寂しい消息を伝えている。

コーヒーハウスにあのお喋りは今はない、今はない。
ニキレスはパリ、モヒドゥールはダッカ、その後の音信が不通で、
ギタリストのディスジャは墓場に眠り、
恋愛に忙しかったロマライはきちがいになって、
アモルタは不摂生のため癌になり、
ただスジャタ(女性)が金持ちと結婚して幸せだ
。。。
みな変わりゆくけれど、コーヒーハウスのカップだけは相変わらずだ。

親友のニベディタの従兄弟が歌がうまくて、マンナ・デの歌をたくさん聞いたのが始まりだ。マンナ・デのCDを目を閉じて聞くと、まるでその人が歌っているみたいだ。

歌を聞きたい方はマンナ・デの公式サイトから↓

http://www.ganguly.de/mannadey/

全部ベンガル語なんです。上記の歌も長いリストの真ん中辺にあります。

その他

映画の歌もみんな大好きだ。バンドも流行っている。それでも、私は上に書いた渋い歌のほうが好きだ。ベンガル語の歌、いろいろありますので聞いてみてください。