――コクン。
コーヒーカップを傾けて一口。視線はずっとテレビに注がれている。
『だから、早期に連邦軍を動かし、不埒な謀略に動く愚か者どもに、分からしめてやるのが一番だと言っているのです!』
バン、と特有の妙な形の机を叩いて、声を荒げる男。
その発言に、俄かに会場はざわめき立つが、それに応酬するように反対側の男が反論する。
『そんな事をすれば、既知銀河にどんな禍根を残すのか、まだ解らないのか、この盲目めが!』
『何だと!』
……ハァ。
テレビを見ていた女性は、そう小さく溜め息を吐くと、テレビを切ってしまった。
毎回、あの二人が同じ議場に立つ度に荒れる。謂わば犬猿の仲の議員同士のその応酬は、もはや彼女には見飽きたものだった。
特別優れた政治眼を持つ訳でもないが、この後の展開ならばすぐわかる。
――乱闘である。
彼女には少なくとも、それが最高機関である連邦議会で行われることは正しいとは思えなかった。
元々、オデュッセイアとジュピターは仲が良くないことは分かっているが、
それにしても、この危急とも呼べる事態に、そんな不毛なことをして何になるのか。
それよりも一つでも多くの課題を消化するために尽くすべき時ではないか。それが、彼女の今の議会に対する見方である。
「……地球が、危ないかも知れないというのに」
小さくそう呟くと、リビング(というほどのスペースはないが)を後にする。
この後の予定は無い。時間が空いてしまった。とはいえ、この格好のままで出かけるのはあまりにもだらしない。
地球統一連邦の軍務官、ヴィーカ・カザロフ少佐は、とりあえず散歩にでも出たい気分だった。


曇り。
気分まで淀むような今にも雨が降りそうな空、というほどに暗くは無かったが、それでも普段と比べて人影はまばらだった。
元々、何か特別見所がある訳でもない、一般的なショッピングモールで人通りが多いわけでもない場所だったし、
彼女自身、帰ってきてから必要なものを補充する以外に、特別出かけてきたことなど無かった。
そんな人通りの少ない所でも、毎回、起きてからちゃんと内着に着替えているのに、更に外着に着替えてから出てくるあたり、
彼女らしいといえば彼女らしい。
こんな日には、好都合かも知れない。その人通りの無さに、彼女はそう胸内で独りごちた。
何とはなしにアクセサリ店の方を見やる。
ウィンドウに展示されているのは高級なものと特価の二極。
高級なものはとてもでは無いが今年、軍務官に任官されたばかりのカザロフの手が出そうなものではなかったし、
特価の方は、デサインとしては悪くないのだが、何となく特価にされる意味が分かるといった感じの代物だったが、
元よりあまり買う気も無いので構わなかった。何となく散歩がしたいだけだったから。
……とはいっても、アクセサリ等に興味が無いわけではない。逆に、過剰にあるわけでもないが。
元々、連邦全体では割と辺境の出身であるカザロフは、何となく連邦府の軍務官としては、
という気持ちでアクセサリを身につけていたのだ。田舎者としての気後れ、のようなものといえば良いだろうか。
「お?」
背後から聞こえてくる、何となく聞き覚えのあるような声。
だが、パッと誰だか思い出せないし、自分に向けられたものとも限らない。とりあえず、聞き流すことにした。
「……おう。やっぱりヴィーカじゃねぇか」
「……! ガイドゥコフ」
確実に自分に対して向けられた声に反応して振り返ってみれば、地球統一連邦軍務官少佐、グラーシム・ガイドゥコフの姿があった。
金髪の刈り上げという今時珍しい髪型なだけでも目立つのに、妙にチンピラくさいジャンパーを着たその男は、
何時もどおりの良く通る、こんな人の少ないところでは大きすぎるような声で彼女に話し掛けたのだ。
「何だよ、ヴィーカ。そのお化けでも出たかのようなリアクションは」
「……貴官にファーストネームで呼ぶことを許した覚えは無いと言った筈だが?」
不服そうに言うガイドゥコフのあまりの無神経さに、一瞬怒りを感じたが、その刹那の後にはいつものペースを取り戻して答える。
「まあ、そうカタイこと言うなって。幹部候補生学校じゃ先輩後輩の差は」
「その台詞は前にも聞いた。
 そもそも、何故貴様がここにいる?」
言葉を途中で区切られた上、半ば邪魔者といっているような質問を受け、怒る……のではなく萎縮するガイドゥコフ。
「いや、まあ、その、なんだ。俺みたいな武官には、こうも戦争が無いと暇なんでな。
 何期かごとに色んな名目で各地飛び回ってんだ」
「……そういう情けない上に、不正にも似た行為を堂々といわないで欲しいのだが」
「…………へーへー」
本音で言っただけのつもりだったが、
軽く頭を抱えながら、呆れていうカザロフに、こりゃ虫の居所が悪いと思ったガイドゥコフは、
とりあえず別れの言葉を考えることにした。
――だが。
「もういい。とりあえず、貴様が暇なのは解った。どこか入るぞ」
「へ?」
眉間をややピクつかせながらも、カザロフのいった言葉は、少なくともガイドゥコフの想定の範囲外の言葉だった。
「聞こえなかったのか。どこか入るぞ、と言ったんだ。貴様の様な不穏当な発言の多い奴と立ち話などできない」
カザロフの素っ気無い回答も、何故か直感的に頭に入ってこない。
そして暫く。
「あー……そういうことね。はいはい……」
へこへことカザロフの後に続くガイドゥコフの足には、なぜか元気が無かった。